TSUMATABI SUPPORTER妻旅サポーター

TSUMATABI SUPPORTER 05
DAI MATSUMOTO

妻旅サポーター:05 松本 大さん
サポーターテーマ:山岳

松本 もとみさん
山と生きる男が挑む、
山岳のネクストステージ

急峻な山を駆け上るスピードを競うスポーツ「スカイランニング。2012年、嬬恋村にプロのスカイランニング選手が誕生しました。その男、松本大。いかにして松本さんはスカイランニングと出会い、世界的なスカイランナーへの道を歩み出すのか。そして、現在、取り組んでいる鹿沢エリア振興への思いとは…。嬬恋村が誇る元山岳アスリートの胸の内に迫りました。

3歳にして、山に登った
右)松本大

僕にとって、山は日常でした。登山とマラソンが好きな父に連れられて、幼い頃から歯を磨くように山登りする日々を送っていました。父は、他のどの登山者より速く登ります。しかも、山頂まで休憩なしのノンストップ。僕はそれにひたすらついていくんです。まわりの大人みんなに「すごいねー」といわれながら追い抜いていく。じつに、3歳の時からです。とにかく自分の足で動き回るのが大好きで、体力にも恵まれました。高校では山岳部に入り、重いリュックを背負い、地図を読みながら登るいわゆる普通の登山を経験します。しかし、それまでにすでに必要最低限のものしか持たず、身軽でスピーディーに駆け登るスタイルが染み付いており、有り余る体力もあって、次第に物足りなさを感じるようになりました。そんな中、大学生時代に出会ったのがスカイランニングです。

スカイランニングとは、いかに速く山を登るかを競うスポーツで、まさに小さい時から父と身につけた登山スタイルでした。強く惹かれた理由は、走る選手のバックにそびえる雄大な山々の景色と、その中で、道具に頼らず体ひとつでダイナミックに躍動するさま。これがシビれるほどにカッコよかったんです。きっと日本でも流行るだろうし、ビジネスになるだろう。選手を引退しても、このスポーツを日本に広めていきたい。全人生を賭けたい。そう思い、僕は、「スカイランナー」となりました。



自分を育てた鹿沢への恩

父とよく登っていた山々は、嬬恋村の鹿沢(かざわ)地区にありました。そこは、いまからおよそ100年前の大正時代から登山やスキーといった山岳スポーツの一大拠点でした。僕の大好きな「雪山讃歌」という山岳界の超メジャーソングがうまれたのもこの地で、山好きにとっては聖地のような場所なんです。また、鹿沢は1000年以上の歴史がある古き良き温泉地でもあります。登山のあとは老舗旅館である「紅葉館」のお湯によく浸かりましたし、いまも鹿沢エリアの山に登ったあとは汗を流しにきます。かつては賑わいのあったこの地域も、スキーブームが下火になったこともあり、少しずつ人が離れていくようになりました。そこで僕は、スカイランニング事業に加えて、山を基軸とした鹿沢エリアの活性に注力してくことになりました。鹿沢の山とともに育ち、あまりにも大きい恩をいただいたので、少しでもこの地のためになりたい。

そして、ここにうまれた「山を愛するカルチャー」を次世代の人たちに残していきたいと思うようになったんです。いま、鹿沢を訪れる人の多くは、かつてスキーを楽しんでいた60〜70代のリピーターの方々。これからは、20〜40代の若い世代にたくさん訪れてもらい、新しい鹿沢ファンをつくりたいと思っています。すでに、鹿沢の山との交流を深めるイベントを企画・開催してきましたが、まだまだ山には新しく、楽しく活用できる可能性が眠っていると思いますし、積極的に僕たちが次なる展開をうみ出していきたいと思います。



松本大のホームマウンテン計画

鹿沢の新規ファンを増やすために、僕が密かに考える壮大な構想が「ホームマウンテン」計画です。嬬恋村全体が山をテーマに活気づくフィールドにするというもので、その中心にあるのが鹿沢の山々。サッカーチームでいう「ホームタウン」のイメージに近いです。その目的は、地元だけでなく、群馬周辺地域の方々にも、嬬恋にある山を「自分たちの山」だと思ってもらい、主体的に山と関わる人を増やしていくことです。同時に、村に住む子どもたちがもっと山や自然を好きになり、地元のよさに気づいて愛着が芽生えたり、村での楽しい思い出をたくさんつくってほしいという願いがあります。計画実現に向け、いまちょうど一歩目を踏み出したところです。
鹿沢の山々の特長は、登山初心者でも、子どもから大人までが手軽に安心して登れることです。標高2000m級なので、ふらっと旅行に来た夫婦にも、僕みたいな本格派にも充実感がある。山頂からのスケール感あふれる景観は圧倒的です。

どの山も半日程度で登れ、クルマでのアクセスも良好。その上、ここは温泉地。登山のあとにたっぷり癒される環境も整っています。これほどまでに山と親しむ好条件がそろっていて、登山への敷居が低い場所は、日本で鹿沢しかないと言い切れます。だからこそ、村外の人も、村内の人も、世代を問わず山ともっと近づいて、山と鹿沢のファンになってもらえたらと思うんです。山という場所には、達成感や爽快感があり、目にも楽しい。汗をかいた後のご飯やお酒は格別。シンプルに、人生が彩り豊かになります。この感覚を、山を心から愛する者として、ぜひ一人でも多くの方に知ってほしいです。そして、スカイランニングという競技に子どもたちが憧れを抱き、世界を目指す選手が次々に生まれていく。その拠点に嬬恋村がなっていけたら最高です。

[ 嬬恋村を訪れるご夫婦にメッセージ ]

嬬恋村には日本百名山が3座も聳えています。その中のひとつ、四阿山(あずまやさん)は、嬬恋村では吾妻山(あがつまさん)とも呼ばれています。この山麓で、日本武尊が亡き弟橘媛(おとたちばなひめ)を偲び「あづまはや(あゝわが妻よ!)」と嘆いたといわれています。山は人と人の絆を深める場所です。ぜひご夫婦で嬬恋村の山々に登って、絆を確かめ合ってはいかがでしょう。

松本大さん

妻旅サポーター05 :
松本 大さん dai matsumoto

スカイランナー/日本スカイランニング協会 代表理事。嬬恋村出身。2012年、4年間の教員生活を経て、プロのスカイランナーとなる。2015年、アジア選手権で優勝し、初代アジア王者に輝く。2016年、世界選手権8位。また、2013年には、日本各地での山岳スポーツ普及のため、日本スカイランニング協会を設立し、スカイランニングを子どもたちの憧れのスポーツにすべく尽力している。現在は選手生活を終え、嬬恋村鹿沢地区の振興にも積極的に取り組んでいる。